春を実感する足助の『中馬のおひなさん』
2026年 02月 24日












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ひな人形を見に行くことはあっても、自宅でひな人形を出すことがほとんどなくなっています。
2月があと少しで終わりですね
晴れた日は結構気温が上がるようになってきました
3月に入ると春本番になりそうな気がしますね
ちょうどお雛様の時期、楽しそうですね。
大学時代に行ったきりなので、行った、という記憶しかありませんが(笑)。
当時は、古い街並みが残っているから、この地を選んだような…。
愛知県も行きたいところばかりで…。
昔はこんな職人さんが沢山いたのでしょうね。
関西方面では「さん」で、関東では「さま」になると言われますが、
東海とか中部はどっちもありなのでしょうか?
ともあれ、もうお雛さんが飾られる時期になったのですね。
我が地方の山間部では月遅れのひな祭りが残るところもあります。
モモの花も3月3日には咲きませんしねっ(-。-)y-゜゜゜
女の子がいるご家庭だと、ひな人形を飾るおうちも多いんでしょうね、でも段飾りを出してまた片づけるのはなかなかの重労働のような。
今年は急に春がやってきましたね、ここ数日、気温が高めで、もはや二月とは思えません。
足助も豊田市に合併されて以来、さまざまな町おこしをやってきましたね、この『中馬のおひなさん』もその一つです。
大学時代に足助を訪問されましたか、足助はあまり大きく変わってないですね、古き良き日本がまだ残っています。
東海地方は関東と関西の間で、言語的アクセントは関東なんですが、音便や語彙は関西の影響が強いですね。
へえ、群馬山間部だと月遅れのひな祭りが残っているんですか、寒冷地だから、ってことなんでしょうか。
お雛さまの時期ですね♡
お雛さまのお顔ってその時代時代を映しているのでしょうね。
私、以前撮りに行った場所で地元のかなりご高齢の方のお話を伺う機会がありまして
その方が仰るに「今のお雛さまは可愛く出来ているけど、自分が子どもの頃、お雛さまって雲の上の存在で、ちょっと怖かったのを覚えています。」とのことでした。
明治時代とかさらに遡って享保のお雛さまとか、そういやちょっと怖いお顔をなさっていますよね^^
私もお雛さま、撮りに行かなくちゃ(^-^)
こんにちは・
中馬のお雛様・・
今年で28回目・・・最初の頃は知らなかったのですが
一度出かけてからはほぼ毎年行っています。
土雛も古いお雛様も色々見る事が出来ますよね。
でも最初の頃の華やぎや賑わいはもう感じられません。
過疎化高齢化色々なことが足助の街には、押し寄せていますね。吊るし飾りを見せてくれた高齢の女性も
もう今は創ることは無いとの事・・根気のいる手仕事
伝承は難しいかもしれませんね。
足助の街に春を告げるお祭りですね。
このようなイベントは、やはりブログで知り、その意味もHPで知りました。
「中馬」って江戸時代に馬稼ぎ人たちが作った同業者の組合の事なんですね。
一般的に、飯田街道で物資の運搬に従事したすべての人のことを指すとありました。
鄙びた村の家々の玄関先に飾られた、雅というよりどこか素朴なお雛様。
味わい深いです。
端午の節句は、なんとなく負けてる感じがします。
きょう、三島の八百屋に行きましたが、店舗のあるビルが多分5階建てで、
二階に入ってる店は、世界の音楽と料理を提供するらしいです、店名は「SOUL NOTE」ですって。 今もやってるのかな〜。
そのほかな何なのか、一筋縄で行かない八百屋ですね。
お雛さまのお顔は時代を反映している・・・その通りですね、明治や江戸時代のお雛様は明らかに顔つきが違います。
愛知県ではこの季節、各地でこういうおひなさま祭りが行われています、瀬戸も有名なんですよね、行って来なくちゃ。^^
中馬のお雛様、私もほぼ毎年出かけていますね、ここで華やかなおひなさまを見て、春が来たのを味わいたいからですね。
ひと頃に比べると・・・確かにちょっと地味になってきたような・・・こっちの感受性が摩滅したのかもしれませんが。(-_-;)
中馬のおひなさんはインターネット時代になってから盛んになりましたね、それ以前は特にこういう催しはなかったようです。
中馬街道の宿場町だった足助、かつてはなかなかの繁栄ぶりだったようですね、今は愛すべき田舎街ですが。
雛祭りと端午の節句、どちらも日本を代表するお祭りですが、どちらも昨今は地味になって来たかも・・・他のイベントが増えましたもんね。
へえ、三島の八百屋さん、面白いですねえ、世界の音楽と料理を提供する店舗もはいっているんですか、あとでググってみようっと。





