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Soul Eyes

黒顔羊のデジタルフォトギャラリー#2です。光蜥蜴(ヒカリトカゲ=光と影)や錆びたもの・滅びゆくものが大好きです。 自分の魂の目に感光したものは何でも撮ります。


by Black Face Sheep

三河随一の大池を干拓した揚排水機

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愛知県幸田町の「幸田町郷土資料館」シリーズです。
陸海空自衛隊の兵器や、三河木綿の展示の他にも、こんなMr. Savinsky好みの機械がありました。



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これは何でしょうねえ・・・電磁スイッチ?



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巨大な機械の一部なんですよ。



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でかい渦巻のようです。



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電動機でしょうかね。



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全体図はこんな感じ。
これ、排水ポンプなんだそうです。



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このポンプは、菱池の干拓工事に使われたポンプです。
菱池は、かつて愛知県額田郡と幡豆郡の境にあった湖沼で、その大きさは現在の幸田町の面積の約1割だそうです。

江戸時代には三河随一の大池でしたが、江戸時代以降には新田開発などで縮小していきました。
1886年(明治19年)に神野金之助による干拓で菱池は消滅し、跡地は水田などになっています。

このポンプは1924年(大正13年)生まれ。
その後1978年(昭和53年)まで54年間使用され、その後余生をこの郷土資料館で過ごしています。





愛知県額田郡幸田町大字深溝字清水36番地1 幸田町郷土資料館
SONY α7C II
Tamron 28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)
Adobe Lightroom Classic



三河随一の大池を干拓した揚排水機_d0353489_22054560.png


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Commented by ultimate-voyager at 2025-07-24 05:59
おはようございます ‼️
かなりの大きさのポンプみたいですね。
長い時間が経過してるけど、おおきな仕事をしていたのですね。
味わい深い錆に覆われ、大役を果たして静かに余生を過ごしてるのですね
かなりの味わい深い錆を着ていますね。
Commented by j-garden-hirasato at 2025-07-24 07:31
大正13年に設置され、昭和53年まで使われていたのですか。
50年以上も稼働していたのですか。
驚きです。
これは、大切に保存してもらいたいものです。
変に、ペンキ塗装をしないでほしいですね。
Commented by h6928 at 2025-07-24 08:11
町の面積の1割ほどあった大池を干拓するためのポンプだったのですね。
このポンプが設置されたその当時は、コメをいかに多く穫れるかに使命がかかっていたのでしょうね。
それがいつの間にか「コメ余りニッポン」とか言われて、減反政策で米以外を作りましょうとかなって、
また今度はコメ不足・・・・。
この錆びたポンプはそう言った時代の流れをひっそりと見てきたのかなぁ。
Commented by getteng at 2025-07-24 09:08
blackfaceさん
当然、ドイツ(シ-メンス?)他の外国製でしょうね。
今にも動き出そうとしているような。。。
Commented by houbow at 2025-07-24 10:07
諏訪は寒天づくりが盛んで天草を洗うための井戸ポンプがありましたねぇずっと小さいものでしたが
最初に動かすとき呼び水をポンプにいれるんですが・・・見てました
ポンプ小屋っていいましたねえ
Commented by blackfacesheep2 at 2025-07-24 15:07
ultimate-voyager さん、こんにちは。
干拓用と言うだけあって、巨大なポンプでしたよ。
50年以上に渡って、昼も夜も休まずに水を汲み上げていたんでしょうね。
Commented by blackfacesheep2 at 2025-07-24 15:11
j-garden-hirasatoさん、こんにちは。(^^)
昔の機械は頑丈てすよね、ギリギリの安全マージンなんて計算できなかったのかも。(汗)
そうそう、錆防止のペンキ塗装で台無しになってしまった産業遺産、無惨です。ノリタケの森のシングルキルンとかね。(泣)
Commented by pothos9070 at 2025-07-24 15:12
こんにちわ~w
大正から昭和まで長い間活躍していたのですね。
年齢相応の良い錆び具合ですね~
50馬力だったら、軽四輪のエンジンくらいの出力があったんですね。
渦巻の形が魅力的。
アンモナイトを思い起こしましたw
Commented by blackfacesheep2 at 2025-07-24 15:17
星の小父さま、こんにちは。(^^)
このポンプが設置されたのは大正時代末期、おっしゃるように米の増産のための新田開発が重要だったのでしょうね。
菱池は今は美しい田園になってますね、広大な場所なので、冬は凧揚げで有名です。
Commented by blackfacesheep2 at 2025-07-24 15:30
getteng さん、こんにちは。(^^)
大正時代末期ならドイツ製の可能性はたかそうですね、ジーメンスかAEGあたりでしょうか。
先日ご紹介した依佐美通信所の発電機はAEGでしたもんね。
Commented by blackfacesheep2 at 2025-07-24 15:34
houbow さん、こんにちは。
諏訪も寒天づくりで有名ですね、冬の冷え込みがキツくて雪の少ない場所ですもんね。
相方の実家の近くの岐阜県山岡町も同じような気候なので、寒天づくりがさかんです。天草を煮る大釜とか見かけます。
Commented by blackfacesheep2 at 2025-07-24 15:38
ぽとすさん、こんにちは。
大正から昭和のほぼ末期まで、お仕事してたポンプさんですね、頑丈そうでした。
あの当時の50馬力は大馬力だったのでしょうね、そうそう、私もこれを見てアンモナイトを思い起こしましたよ。(^^)
Commented by iwamoto at 2025-07-24 21:41
なんというか、電気が機械的ですよね。
その分、大きな電気が目の前を流れるようで怖いですが。
こういう設備の保存は、後にデジタル制御になるにしても、基本を見せてくれますね。
今の社会生活でポンプはあまり目にしませんが、役立つ道具ですよね。
Commented by blackfacesheep2 at 2025-07-25 18:23
iwamoto師匠、こんにちは。^^
なるほど、電気が機械的・・・わかります、この時代の電気って、今みたいな繊細さが無いような気がします。
ポンプって、人類の歴史の中でも大きな貢献をしてくれた大発明ですね、特に使いやすい電動ポンプは多くの苦労から人間を解放してくれました。
by blackfacesheep2 | 2025-07-24 05:00 | Rusty Scene | Comments(14)