あと4か月で閉校となる創立150周年の小学校
2023年 11月 30日
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全校生徒8人なら、他の小学校に合併も致し方ないことですが、
何か切ないですね。
校舎自体はまだまだ使えそうです。
廃校後は、どんな利用がされるのでしょうね。
木曽では、木のおもちゃ美術館として活用されていました。
清里では、ホテルに生まれ変わったところもあります。
いずれにしても、
郷土博物館みたいな、埋もれて行ってしまうような活用方法は、避けてほしいですね。
創立150周年ですか
ずいぶんと長い歴史がありますね
終わりは寂しいものですね
うーん......
始まりあれば終わりある、ですね
だけど全校生徒8人、それは仕方ないですね
最近の生徒は小さい頃から塾に通い
少しでも進学に熱心な学習に対して積極的な学校を選択しますね
それに少子化の影響が大きいのでしょうね
生徒8人に対するスタッフのコストが大きな問題になりそうですね
終わりは、やっぱり寂しいですね
愛知県の奥三河、かつては林業で栄えましたが、いまや外国産の木材に押されてどんどん過疎化していってますね。
廃校後の利用方法はまだ決まっていないようですが、北設楽郡の廃校は地域のコミュニティセンターになることが多いみたいです。
創立が明治6年ってことは、日本で小学校教育が義務教育となる前に創立されたってことですよね、古いです。
この小学校は生徒8人に対して教師は6人いるそうです、マンモス校では不可能な手厚い指導ができているんでしょうね。
そういや愛と勇気さんの母校も廃校になっちゃったんでしたよね、名古屋の真ん中でも廃校になるとは驚きです。
そうそう、田口には関谷酒造がありますよね、北設楽郡の中心地です、高校も田口高校がありますよね。
明治6年から連綿と続いてきた小学校がなくなる・・・地元の人々には辛い話でしょうね、でも生徒がいなければしょうがない。
学校の合併、確かに校歌はどうなるのかなあ、古い歴史がそこで終わってしまうのは本当に気の毒です。
その心意気というか、理想に向かう決心、あの時代は凄かった。
この学校の創立100年後、一番流行った曲は、ストーンズの「アンジー」。
我が目を、我が耳を疑います・・・。
その間に、何度か戦争もあったし、人間って凄いものですね。
かつての日本、山間部の人口もそれなりにありましたよね、林業が産業として成り立っていた時代でした。
若い人たちには働く場所がなく、街に出ていくしかないので、過疎化していくのはしょうがないことなのでしょうね。
明治6年ごろに創立された尋常小学校はかなりたくさんありますね、それでもまだ義務教育は徹底していなかったようです。
この学校の創立100周年は1973年・・・JAZZの世界ではChick Coreのカモメが一世を風靡していた時代ですね。
おお、東大構内に潜入してらっしゃいましたか、日本の最高学府の伝統が味わえたことでしょう。
都会にはそういう伝統が残りますが、田舎は厳しいですね、人口が少なくなるといろいろなものが失われて行きます。(-_-;)
過疎化による廃校もあれば、都会のど真ん中で子供の減少による廃校や合併もあります。
大阪市内のど真ん中で育った私は、既に数十年前には、卒業した小中学校が廃校になりました。
あずき色の屋根の校舎、自然に囲まれた校庭で遊ぶ
子供たちの歓声が聴こえてくるかのようです。
昨今は都会でも廃校が発生しますよね、スプロール現象で人口が少なくなってしまい、私の卒業した小学校も1学年2クラスになりました。
名古屋駅の近くの那古野小学校も生徒数減少で廃校となり、今は多目的スペースとして活用されていますね。
https://nagono-campus.jp/