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Soul Eyes

黒顔羊のデジタルフォトギャラリー#2です。光蜥蜴(ヒカリトカゲ=光と影)や錆びたもの・滅びゆくものが大好きです。 自分の魂の目に感光したものは何でも撮ります。


by Black Face Sheep

五色園を彩るコンクリ像たち (2)

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場面6:「縁結び弁財天女」- 1

五色園を彩る浅野祥雲制作のコンクリ像シリーズ、第2回目です。
第1回目でご紹介した「「身代わりの名号」を超えて北東に歩いていくとすぐに池が右手に見えてきます。
橋を渡った島の中にはこんなコンクリ像が見えます。



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場面6:「縁結び弁財天女」- 2

こちらは弁財天のようですが、「縁結び」に霊験あらたかなんでしょうか・・・
像に添えてある説明用の看板の文字が消えて読めなくなってしまっており、詳細は不明です。
足元に侍る龍の造形が、いかにも浅野祥雲スタイルです。



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場面6:「縁結び弁財天女」- 3

こちらが弁天様のおわす島の全景です。
この風景を左手に見ながら池の南側をしばらく進むと、↓のおっかない連中が迎えてくれます。


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場面7:「不動明王尊」 - 1

不動明王とその手下というか家来ですね。^^



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場面7:「不動明王尊」 - 2

不動明王の家来1号の童子、合掌中です。
あまり若さが感じられませんね・・・なんかおっさん臭い顔つきです。



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場面7:「不動明王尊」 - 3

不動明王の家来2号、こちらは棒術をたしなむようです。
ヘアスタイルがぶっ飛んでますね、当時、流行ってたんでしょうか。



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場面7:「不動明王尊」 - 4

横に添えてある立て看板には、下記のような文言が書かれておりました。

『覚りまどかな み仏は一定のお姿ではなく、あらゆる方便化身を以って衆生済度のご苦労をしてくださいます。
不動尊は三界は火宅である事を表現した姿であって、人々は自らの業火に身をこがすことも知らずに、
唯享楽のみに満足して生きて居るのです。

目に見えぬ悪魔は人間を悪道へ悪道へとさそいこんでおります。
そこでお不動さんは、この悪魔を退散してくださる有難いみ佛様です。

黒い色は業火に焼けただれている人々の相であり、顔の恐ろしさは人々の苦悩の表現と同時に、心の悪を物語っております。
右の眼は天をにらみ、左の眼は地を見下し、口にはあうんの二字をかみしめ、
右の手には妖魔の利剣を持ち、左の手には三そう半の縄を持ち、
悪魔の退散に秘術を尽くして衆生済度をして下さいますが、
帰するところは久遠実成の慈悲深い御心に納まってしまうのでありますからその御心でおがんでください。』



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場面8:「御田植」- 1

不動明王の前を通り過ぎると、右前方にこんな風景が見えてきます。
お坊さんと思しき手に握られている、緑色のナマコのような物体は何でしょうか。(;・∀・)
でも、状況から判断すると、稲の苗のようです。^^



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場面8:「御田植」- 2

横に添えてある立て看板には、下記のような文言が書かれておりました。

『稲田の草庵を拠点に関東一円の布教にあたっていた親鸞聖人はあるとき、
大部の平太郎という篤信家に招かれ大部郷に念仏布教の足を伸ばしました。
しかし季節柄、みな田植えに勤しみ聞法道場まで出かける時をも惜しみます。

 親鸞聖人は村人たちの田植え風景を見て平太郎にこう呟きました。
 「田植えをする人々の間に、一遍の念仏の声もないのは残念なことだ。
難儀な仕事に明け暮れる毎日ではあろうが、今生の名利にとらわれ、未来の大事に気がついておられぬようだ。
このままでは悪人として、一生をいたずらに過ごすばかりであろう。」

 そして衣の裾をあげ「弥陀の大悲に報謝するために、私も田植えに加えてもらい、
念仏の楽しさを伝えてみたい。」と泥田に入っていかれました。
 「さあ、私の唄う歌についてきなさい。さすれば田植えが楽しく、またはかどるであろう。」

五劫思惟の苗代に  兆載永劫のしろをして
一念帰命のたねをおろし  自力雑行の草を取り
念々相続の水を流し  往生の秋になりぬれば
このみとるこそうれしけれ
南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏

 聖人の朗々とした力強い声が水田に響き渡ります。
すると、はじめ戸惑いをみせていた村人たちもいつしかその声に魅了され、声をそろえて唄いだしました。
 聖人はともに田植えをされながら、この歌のいわれ、阿弥陀仏のお慈悲をねんごろに説かれたのでありました。』



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場面8:「御田植」- 3

こちらはその田植えをする親鸞さんたちの横に置かれたコンクリ像です。
両手に持っているものは何なんでしょうか・・・これも苗なんでしょうか・・・
なんとなくかつての東宝怪奇映画、「マタンゴ」っぽい不気味な造形物でした。



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場面8:「御田植」- 4

これはお不動様のある場所から見たところです。
「御田植」の人々からは、ちょっと離れた場所に設置されています。
このマタンゴ少年は、御田植とは無関係っぽいです。


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場面8:「御田植」- 5

マタンゴ少年の先を見ると、何やらをエア担ぎしたコンクリ像があります。
その横にはかつて、米俵を結わえ付けられた馬とそこに乗った人物像がありました。
今はその騎馬像はブルーシートに覆われているようです。

この場面も、「御田植」の一部とは思えません。
ひょっとすると、私が見つけられなかった24番目の場面とは、これらなのかも。
五色園入り口に設置されたコンクリ像マップにも名前が載っていませんので、詳細は不明です。



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場面9:「御流罪」- 1

正体不明のマタンゴ持ちの少年の左前を見ると、こんな看板が立っています。
おお、これは「御流罪」へと誘導する看板のようでした。
その示す方向には、ゆるやかに丘の上へ登って行く小径がありました。



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場面9:「御流罪」- 2

この「御流罪」への小径、寂しい道です・・・やがてとても細い獣道になりました。
冬ですらシダがこんなに茂っていて、「ここで大丈夫なのかなあ・・・」と心細くなります。



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場面9:「御流罪」- 3

でも、どんどん登って行くと、こんな眺めが目の前に広がってきました。
三人の人が、草むらの中に座っていましたよ・・・お坊さんたちのようです。



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場面9:「御流罪」- 4

ううむ、誰かに似ている・・・思い出せませんが。(;・∀・)
この方は髪の毛もあるので、僧侶には見えません。
でも、看板に書かれた説明を見ると、これは俗人の姿で流罪された親鸞聖人のお姿のようでした。



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場面9:「御流罪」- 5

横に添えてある立て看板には、下記のような文言が書かれておりました。

『承元元年、善信房(親鸞聖人三五歳)は越後の国へ御流罪の御身となられました。
住蓮房、安楽房の両僧が官女、松虫・鈴虫を尼にした科を事縁として、五ヵ年の御流罪と決定したのです。

聖人は御上から僧位をとりあげられ、藤井善信という俗人の名で郡代、萩原年景公の手に渡されました。
 聖人は、親不知・子不知の難所を越えて居多ヶ浜へ上陸され、都を発って十四日目の晩に国府へご到着されたのです。
そして年景公の心ばかりの情けで粗末な小屋へとお入りになりました。

 聖人はこの苦難をものともせず、他力本願のみ教えを広めることに昼夜不断の努力をされました。
その甲斐あって村人たちは日増しに聖人のまわりに集い、念仏の声はいよいよ盛んになりました。
これを聖人はひとえに恩師法然上人の教えを受けた賜物であると喜ばれました。

 萩原年景公も後に上人の御徳を慕い、恐れ多しとあって国分寺のほとりに草庵を建て、そこへお移し申し上げました。
そして上人三九歳の十一月、この御流罪ご赦免の令が岡崎中納言範光卿を以ってくだり、勅使は十二月国府の配所へ早馬を飛ばせたのでした。
久方ぶりに国府には嬉しい春が参りました。』



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場面10:「川越の名号」- 1

「御流罪」の山道を下り、お不動様の前を通ってメインストリートに戻ります。
弁天さんの池を超えると広場があり、そこにはこんな「南無阿弥陀仏」の名号を持った老婆がいます。
この老婆を見ているのは・・・



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場面10:「川越の名号」- 2

毛筆を持ってエア書道をしているお坊さんがいますね。
どうやらこの方が親鸞聖人のようでした。^^



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場面10:「川越の名号」- 3

さて、このおじさんは・・・竿を持っていますねえ。
この竿は、川を渡る渡し船の船頭さんが使う竿、と言う設定のようでした。



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場面10:「川越の名号」- 4

横に添えてある立て看板には、下記のような文言が書かれておりました。

『建暦元年、流罪勅免の使いが越後国府に来ると伝え聞いた親鸞聖人は、草庵を後にして国府に向かいました。
しかし途中雪に見舞われ、柿崎につくころにはすっかり日も暮れてしまいました。

 そこで聖人はこの地の扇屋の門をたたき一夜の宿を請うことにしました。
しかし扇屋夫婦は邪険に断り「軒下なら勝手にするがいい。」と言って戸を閉めてしまいました。
そこで聖人は厚く礼をのべられ、念仏を唱えながら夜の明けるのをお待ちになりました。

 流石に無情の夫婦も、戸の隙間より漏れてくる念仏の声を聞いて尊さが身にしみて自らの非礼を詫び、
聖人を家の中へお招きになりました。

ここで聖人は御仏の教えをお説きになると、夫婦はたちまち念仏の行者となりました。
 非常にお喜びになった聖人は扇屋に「南無不可思議光如来」の九字の名号を与え、
翌朝「柿崎にしぶしぶ宿をとりけるに、主の心熟柿(うれし)なりけり」と地名の柿崎を折り込んだ歌を詠まれました。
それに対し扇屋の主人も「かけ通る法師に宿を貸しければ書き(柿)呉れたりや九字の名号」と返しました。

 扇屋の妻は聖人の発ったあと、名残を惜しみ聖人のお跡を慕っていきました。
そして、既に川を渡られた聖人にお形見をお願いしますと聖人は向こう岸からこちらに向かって空中に六字の名号を書かれました。
すると扇屋の妻の手元の紙に「南無阿弥陀仏」の六字が浮かび上がったのです。
扇屋の妻は歓喜してこれを押し頂き、川越しに聖人とお別れいたしました。』



五色園を彩るコンクリ像たち (3)へ続く



愛知県日進市岩藤町一ノ廻間932番地31 五色園にて
SONY α7 III ILCE-7M3
Tamron 28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)
Adobe Lightroom Classic



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Commented by j-garden-hirasato at 2021-02-12 06:40
出ました、第二弾!
シュールですねえ。
見れば見るほど、惹かれます。
親鸞の生き様をテーマにした仏教テーマパーク、
戦前に、よく、こんなものを造ったものです。
コンクリート像の状態もイイですね。
第三弾も期待しています!
Commented by 3740s at 2021-02-12 08:14
「合掌」

なぜか、この様な心で拝見している自分。
Commented by getteng at 2021-02-12 08:29
blackfacesheep2さん
作者は他地区にも設けているのですかね?
昼間でも、独りでは心細くないですか?
Commented by jikomannte at 2021-02-12 09:55
場面8-3と10-2に惹かれました。
老顔ランシ―なので、途中で文章を読む気力が、
何度も萎えました。(;'∀')
Commented by voyagers-x at 2021-02-12 09:55
おはようございます ‼️
近くで見ると迫力あるのでしょうね。大きい象でしたね。背景を確認しながら理解しながら、空想して見ると見応えがありそうですね。
園内は広いですか?
Commented by iwamoto at 2021-02-12 10:45
弁財天は八本の腕を持つ姿と、二本の姿があるようです。
これは縁結びなのでしたら二本の腕に楽器、という形かと。

連日の大型企画、恐れ入りました。 頭が冴えてる証拠ですね。
Commented by NullPointer09 at 2021-02-12 13:44
連日、膨大な撮影と執筆、実に精力的ですね♪
ときどき思うんですよ。
黒顔羊さんホントは一人ではなく『チーム黒顔羊』なんじゃないかって。^^

ところで、昨日の『1ポストにつきYouTube動画を一つしか載せられない』件。
私のブログで1ポストに3つのYouTube動画を載せている記事があります。
確認のため編集画面に入ったら、その時点でアウトになりました。ガーン(ToT)
それで手直ししたのですが、文字列だけのリンクは味気ないので、次のような
工夫をしてみました。
https://nptr09t.exblog.jp/240455979/
実は、もうひとつ工夫があるのですが、現時点では紹介できななくて残念。
Commented by jyuujin at 2021-02-12 15:03
確か?我が実家は「波阿弥陀仏」を唱えていたので
浄土真宗?
仏教もいろんな宗派があるようですね、家内の方は真言宗で
我が家は、家内方の両親を持ってきた関係で真言宗?
いずれにしても、子供たちは娘ばかりですので、いずれ我々は
永代供養になるのかな~?
Commented by windmark-sakura at 2021-02-12 16:14
この五色園の石像のシリーズ、像の表情が何とも魅力的なんですよね(^^)

西洋の彫刻の様な洗練された良さではなく、日本的下手ウマな魅力というか、味わいがそうさせるのかもしれません。
何にもない場所にぽつんと置かれた像、この光景を初めて見るとかなりビビりますよね(;・∀・)
場面8-4の写真を見るとこれは奇抜な光景だな~と。

周りの光景に対してありえないくらいの異様さを放ってます(^_^;)

Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:16
j-garden-hirasatoさん、こんにちは。^^
戦前はまだ人々の生活に仏教が密着していたのでしょうね、親鸞聖人も一定の人気があったようです。
一応4部構成でお届けする予定ですので、また楽しみにお待ちくださいな。^^
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:17
3740s さん、こんにちは。^^
「合掌」の様な心で見てくださっているのですか。
怖れ多いです~。^^
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:19
getteng さん、こんにちは。^^
浅野祥雲は東海地方限定のようですね、関ヶ原ウォーランドが一番西で、熱海が東の外れかな。
あはは、昼間だったら怖くはないですが、黄昏時は嫌ですねえ、動きそうな気がします。(-_-;)
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:28
純さん、こんにちは。^^
だはは~、長くてごめんなさい。
23場面を4回連載で終えるつもりなので、量が増えちゃうんですよね。
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:33
voyagers-xさん、こんにちは。^^
2メートルぐらいの像って、ちょっと大きいだけなんですが、それが余計に怖いんですよねえ。
園内は歩いて回れますが、ゆっくり見ているとすぐに一日経過してしまいますよ。
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:34
iwamoto師匠、こんにちは。^^
へえ、八本の腕を持つ弁財天さんがいるんですか、知らなかったです。
あはは、緊急事態宣言で引き籠ってますので、暇なんですよ、頭が冴えてるはずはありません。(-_-;)
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:36
NullPointer09さん、こんにちは。^^
だはは~、何にでも食いつくダボハゼ体質なので、興味の範囲がとめどもなく広がってしまってます。(-_-;)
リンク先、見てきました・・・なるほど、こういうのも一つのアイデアですね、文字だけのリンクは味気ないですもんね。
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:39
北の旅人さん、こんにちは。^^
かみさんの実家は禅宗の臨済宗なので、色々細かい約束事が多くて大変ですが、浄土真宗は楽ですね。
うちは子供がいないので、夫婦ともに亡くなった後にはどうなるんでしょう・・・考えなくっちゃ。(-_-;)
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-12 18:41
windmark-sakura さん、こんにちは。^^
そうそう、浅野祥雲さんの作るコンクリ像って、ヘタウマで人間臭い魅力に溢れています。^^
ここ、写真友達を連れて行くと、その異様さに、みんなカルチャーショックを受けますね。
Commented by harupita at 2021-02-12 21:21
こんばんは。

なかなか奥深い五色園


たくさんの像がエピソードとともに

創られているのですね。

それにしても黒顏羊さんの

文章やフォトの熱量がすごくて

驚くばかり

今まで出会ったブログの方の中で

一番の熱量です。

私は前回は少しだけ

わかったような気もしたのですが

だんだんなんだかよくわからなくなりました。

黒顔羊さんの熱量を上回るほどの浅野祥雲さん


どんだけ創り続けたかと

凄まじさを感じます。

そうでないと残せないですね。

でもチーム黒顔羊

っていう存在もあるんじゃないかと

コメント欄の中に

一人突っ込みしてしまいました。
Commented by hoshigaoka at 2021-02-12 22:04
こんばんは!

こちらは先日のゾーンの続きなんですね!
マタンゴ少年の持ったマタンゴ苗、
コンクリートだけにとても重そうに見えますね(笑
昭和ホラーのマタンゴ見てみたいです♪

川越の名号の件は、浄土真宗でない僕も聞いたことがあります!
大抵は邪険に扱われるんですよね~。
スサノオの蘇民将来ともちょっと似てるエピソードだなと思います。
話の続きが気になります^^)
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-13 09:16
葉流さん、こんにちは。^^
あはは、緊急事態宣言発令中につき、家にいる時間が長いので、ついつい筆がすべって多弁になりがちです。(;・∀・)
五色園についてはいろんな方が写真を撮ってますが、断片的な情報が多いので、整理したガイドを作りたかったんですよ。
Commented by blackfacesheep2 at 2021-02-13 09:18
hoshigaoka さん、こんにちは。^^
子供のころ、映画館の立て看板で「マタンゴ」を見て、トラウマになってしまいましたが、本編も見てみたいです♪
おお、川越の名号の件を聞いたことがありますか、うちは浄土真宗のくせに、チーとも知らなかったです、恥ずかしい。(-_-;)
by blackfacesheep2 | 2021-02-12 05:00 | Statues | Comments(22)