青猫に棲む光蜥蜴
2019年 11月 02日








「詩は何よりもまづ音樂でなければならない」 - 萩原朔太郎『青猫』 序より
3枚目のお写真、昔を知る世代としては、ジャズ喫茶や名曲喫茶にはCDのプラケースではなく
レコードの紙ジャケットがズラリと並んでいる風景が似合うんだけど、と思ってしまいます。^^;
私語厳禁、リクエストや飲み物の注文はメニューの指差しだけというお店もありました。
内省しすぎたのか、アブナイ感じの方もいたなあ。
今どきそんなお店だったらお客さんが寄りつかないでしょうね。^^;
まだjazz喫茶ってあるんだ!
それにしても、ものすごい数のCDですね。
そういえば、先日エディオン蔦屋家電の売り場でラッパ管のついたレコ-ドプレイヤ-を見ましたよ。
レコ-ドもCDも両方聴けるものでした。
売り物の新しいレコ-ドもたくさん並べてたです。
朔太郎の詩は、音楽的ですもんね、『青猫』の序文はいろいろな意味で含蓄が深いです。
実はこのお店の近くに、LPでJAZZを効かせてくれるタイ飯屋さんもあるのですよ、今度またブログに載せますね♪
はい、昔はLPが並んでいましたが、最近のJAZZ喫茶はCDですね・・・デジタル化されたら、これもなくなるのでしょうねえ。
リクエストもできますよ、静かではありますが、不愛想なお店じゃありません。^^v
はい、まだJAZZ喫茶はいくつか残っています・・・昔と違って、女子率がめっちゃ高くなりましたねえ。^^
昨今はシニア世代だけでなく、若者もレコードを買うみたいですね、LPプレイヤーの需要、それなりにあるようです。
この暗さ加減が落ち着きますね
壁には.......すごく大量の.......これ全部CDですか?
ちょっと薄暗い秘密基地のようなリラックスできる場所を見つけたいなー ^^;
扱いが楽ということは、全ての面で安全性が高まりますし。
でも、データだけでは無理な気もします、ささやかながらも儀式があるべきだと思うもで。
蕎麦屋も厳しい店がありますね。 とてもじゃないが話なんて出来ないような。
職人さんは、求道者だとは思いますが、客はどのような立場なのでしょう。
タモリは福岡県出身で、早稲田大学に入学し、ペットを吹きましたが、ものにならず司会に回ったそうです。
名古屋とのかかわりは、エビフライを名古屋の名物だと根拠のない主張をしたぐらいですかね。
JAZZ喫茶は暗くないと雰囲気が出ませんね、あかるいカフェみたいなJAZZ喫茶は見たことがありません。
ここのCDラックの充実度は凄いですよね、どんなアルバムでもここにはあるんじゃないでしょうか。^^
JAZZ喫茶はLP盤・・・CDに切り替わったころはすでにJAZZ喫茶が絶滅危惧種に向かった時代でしたもんね。
昨今はラーメン屋さんも気難しいオーナーのお店があるらしいですよ、頼み方にもいろいろ儀式やら呪文があるらしいです。
すてきな詩を知れてよかったです。時々思い出しだして味わえる気がします(^^)♪
はい、ここはとても渋い場所ですね、抑制的な光がとても落ち着きます。
隠れ家的なジャズ喫茶でもありますが、客層は昔のJAZZ喫茶とはまるで違いますね、女子率高めです♪
萩原朔太郎の言葉に対するセンスって、すごいと思います・・・特に「月に吠える」と「青猫」はいいですね。
また、彼は写真も良く撮っていた詩人ですね、映像センスも鋭かったです。^^
これは渋いジャズバーですね。
求道的ではない、ですか。
なるほど、求道的なジャズバーもあるのですね。
実はあまり入ったことがありません。
でもあまり口数多く喋るのは好きではないので嫌いではないかもしれません(笑)
昔のJAZZ喫茶の中にはとてもストイックなお店がありましたね、でもJAZZ BARとなるとそうでもなかったかな。
夏はボサノバとか聞いていても、秋になると、ディープなJAZZを聴きたくなりますね。^^
田舎で育ったのでジャズ喫茶知りません。本を読んで憧れていたものです。
学生時代少し都会に出てきましたが、音楽喫茶と言えばクラシック。無言の行のようで、紙にリクエスト書いて渡すのも、ドキドキで、正直馴染めませんでした。
朔太郎いいですね。
青春時代を思い出しました。言葉を叩きつけるように重ね、少しとんがった感じの作風が好きでした。
昔のジャズ喫茶はひたすらにストイックなお店が多かったと記憶していますが、ここはもっとカジュアルな雰囲気ですね。
おそらく『青猫』と言う店名は、オーナーが朔太郎のファンだから選ばれたのじゃないかな、って思ってます。^^
朔太郎の詩は、とても音楽的な響きがしますよね♪
また遊びに来てくださいね。^^